くだんびより

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「奇跡のヤシの実」と出合う夏休み

文字が浮かび上がった奇跡のヤシの実の実物

ヤシの実といえば、南の暖かいビーチリゾートをイメージする人は少なくないはず。その南の海から31年の時を経て、日本へと流れ着いた一つのヤシの実の、不思議な物語をご存じですか? 戦時中、異国の地から海に流されたヤシの実が、大切な人への思いをつなぎながら、長い年月を経て島根県の海へとたどり着いた——。

まるで歌のようだけれど、これは実際にあったお話。そしてそのヤシの実の現物が、靖國神社の遊就館ゆうしゅうかんに展示されているんです。ヤシの実がつないだ奇跡に出合いに、出かけてみませんか。

「奇跡のヤシの実」とは?

昭和50年(1975年)、7月13日。島根県出雲市大社町の港で釣りをしていた男性が、水面に漂うヤシの実を見つけました。自宅に持ち帰って数日経つと、しだいに表面が乾いて文字が浮かび上がります。そこに書かれていたのは、「昭和十九年七月十日 所原 陸軍伍長 飯塚正一君」という文字。出雲市には「所原」という町があったため、男性は人づてに飯塚さんを捜し当て、ヤシの実を渡しました。

でもそれが誰から送られたものなのか。送り主はすぐには見つかりませんでしたが、やがて同じ村出身の山之内さんのことを思い出します。家を訪ねてみると、すでに空き家になっていましたが、さまざまな奇跡が重なり、山之内さんの奥様と再会。ヤシの実に書かれた文字は、フィリピンで戦死した山之内さんの筆跡と重なったのでした。

戦時中に山之内さんが流したヤシの実が、31年かけて海を渡り、書かれた文字が消えることなく郷里の海にたどり着き、さらには家族の元へと届けられたという、なんとも不思議なお話。まさに奇跡としか思えないヤシの実なんです。

ヤシの実の実物。今もはっきりと、文字が読み取れます
ヤシの実の実物。今もはっきりと、文字が読み取れます
神々が集まる出雲。神話の残る稲佐の浜の奥に、ヤシの実が流れ着いた大社港があります
神々が集まる出雲。神話の残る稲佐の浜の奥に、ヤシの実が流れ着いた大社港があります

友や家族の元へ——。異国の地から、ヤシの実にたくさんの思いをのせて

ヤシの実を送ったのは、山之内辰四郎さん。フィリピン・ルソン島で、当時船舶司令部に軍属ぐんぞくとして勤務していました。宛名の人物・飯塚正一さんは、太平洋戦争中に衛生兵として病院船に乗り、アジアの各地を訪れていました。

フィリピンを訪れた際、同郷であったことから山之内さんと親しくなり、山之内さんとご家族との手紙のやりとりを何度か手伝っていたそうです。

やがて戦火が激しくなるなか、病院船も航行が難しくなっていきます。飯塚さんは昭和19年の春にマニラを出発し、日本に戻ってからは海を渡ることがなくなり、山之内さんは現地で戦死をとげたそうです。奇跡のヤシの実は、詳しいストーリーと共に、遊就館ゆうしゅうかんに展示されています。

詳しいストーリーが展示パネルで紹介されています
詳しいストーリーが展示パネルで紹介されています
奇跡のヤシの実に出合えるのは、展示室16
奇跡のヤシの実に出合えるのは、展示室16

遊就館ってどんなところ?

「奇跡のヤシの実」を展示している遊就館ゆうしゅうかんは、靖國神社の境内けいだいにある博物館。

展示室は全部22。明治維新からの近代日本をたどりながら、その時代を生きた人々の姿や思いに、ゆっくり触れられる場所です。

ガラス張りのモダンな建物が、遊就館の入り口
ガラス張りのモダンな建物が、遊就館の入り口
ロビーにはゼロ戦や機関車も展示されています
ロビーにはゼロ戦や機関車も展示されています
限定の手ぬぐいなど、各種おみやげも販売
限定の手ぬぐいなど、各種おみやげも販売
2026年7月は特別展「いななき―『軍馬』にみる英霊のご事績―」が開催されていました
2026年7月は特別展「いななき―『軍馬』にみる英霊のご事績―」が開催されていました
特別展では騎兵が着用していた軍服の展示も
特別展では騎兵が着用していた軍服の展示も

偶然が重なりあった「奇跡」のストーリーに出合いに

展示ケースの中にあるのは、一つの小さなヤシの実。でも、その小さな実のむこうには、思わず誰かに話したくなる、不思議なストーリーがあります。遊就館ゆうしゅうかんを訪れたら、ぜひ展示室16で、その"奇跡"に出合ってみてください。

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